詩歌 verse

客散じ茶は甘く舌本に留まり、睡餘の書味、胸中に在り。客は帰り、茶の甘さだけが舌に残っています。眠りは足り、書物の余韻が胸に残ります。南宋の政治家、詩人、陸游(字は務観)の「晩興詩」より。
是に於いて几案羅列、枕蓆枕藉、意は心謀を會し、目は神授を往く。楽しみは聲、色、狗、馬の上なり。こうして(本を)机の上に並べ、枕元に並べると、意に叶い、目は神から与えられたものを眺めることができ、その楽しみは音楽や恋愛、恩を忘れない犬や馬と遊ぶことよりも優さるものです。李清照『金石録後序』より
酒は華影を涵(ひた)して紅光を溜め、爭(いかで)か忍ばん、華前に酔はずして歸るを。酒は花影を浮かべてほのかに紅く染まっています。どうして我慢できましょう。花を前にして酔わずに帰ることを。邵雍(しょうよう 字は堯夫 ぎょうふ)の「挿花吟」の一節。扁額のマットは古典的な松葉模様。見る角度によって、色が変わります。
中州の盛日、閨門多く暇なり。記し得たり、三五を偏(ひとへ)に重んぜしを。鋪翠の冠兒、撚金雪柳、簇帯、濟楚を爭(あらそ)ふ。如今、憔悴し、風鬟し、霜鬢す。怕見(ためらふ)、夜間に出去することを。簾兒の底下に向(お)いて、人の笑ひ語れるを聴くに如かず。中州華やかな日をのんびり過ごしました。覚えています。正月十五日元宵節を大切にしていたことを。かわせみの羽の冠、金糸絹紙の髪飾り、簇帯の清楚なことを競いました。今は憔悴し、髷は痩せ、霜のような白髪になり、夜の外出が億劫になりました。ただ外出よりも簾の奥で、私は人々が談笑していることを聴いていればいいのです。李清照の「永遇楽」 背景に「且(しばら)く共に
露を詠んだ歌を四首集めました。光をば曇らぬ月ぞ磨きける 稲葉にかかる朝日子の玉     西行法師蓮葉の濁りに染まぬ心持て などかは露を玉と欺く      僧正遍照よもすがら起き居てぞ見る照る月の 光にまがふ玉篠の露   源 師時霜凍る袖にも影は残りけり 露より慣れし有明の月      源 通具
楽器を奏でる詩歌を四首集めました。行く方も忘るるばかりあさぼらけ ひき留むめる琴の声かな     『堤中納言物語』より随分管弦還自足 等閑篇詠被人知   気分に任せた即興の演奏は、型通りの演奏よりも自然と満足することがあります。なにげなく詠んだ詩歌が、苦吟したものよりも人に知られることがあります。 白居易(楽天)の師の一節。落梅曲舊脣吹雪 折柳聲新手掬煙  笛の古曲「落梅」を奏でると白梅が散り、唇は雪を吹いているようです。琴の古曲「折柳」を弾きさわやかに歌うと、弾く手には青く煙る柳が結んでいるようです。  菅原道真の漢詩の一節。侘ぶ人の住むべき宿と見るなへに 嘆き加はる琴の音ぞする   良岑 
式子内親王の「眺むる月」をテーマにした歌を四首集めました。待ち出でても如何に眺めむ 忘るなと言ひしばかりの有明の空     眺むれば木の間うつろふ夕月夜 やや気色だつ秋の月かな眺むれば我が心さへ果てもなく 行方も知らぬ月の影かなそれながら昔にもあらぬ月影に いとど眺めをしづのをだまき
朝(あした)に看る、嶺上(りょうじょう)の雲、夕べに臥す松間の月。酔ひ起きて復(ま)た樽を開ければ、山花飛びて歇まず。朝、嶺上の雲を眺め、夕べに松にかかる月を見ながら寝ます。酔い起きて、また酒樽を開けると、山花は散り止みません。清の洪昇(字は昉思 ほうし) 「山居」詩。冷銀箋を青墨で染めて、漉き込まれた銀を浮き立たせました。月のぼかし染めを施しています。
坐上に客来たり、尊前に酒満つ。歌聲は水流、雲断と共に。席には客が集まり、樽には酒が満ちています。皆の歌声は水の様に流れ、雲の様に途絶えます。宋の李清照の「殢人嬌」(ていじんきょう)の一節。背景に金、銀、銅色で散らしているのは「尊」(樽の象形)です。「雲」の横にだけ「雲」の象形が記してあります。2022年の個展の案内はこの作品を使っています。
新豊(しんほう)の酒の色は鸚鵡杯(おうむはい)の中に清冷(せいれい)たり。長楽の歌聲は鳳凰管(ほうおうかん)の裏(うち)に幽咽(ゆういん)す。新豊県の酒の色はオウム貝でできた杯の中で清冽です。長楽宮の歌声は鳳凰管からむせぶように響いてきます。新豊県は現在の西安市。酒造が盛んだったようです。長楽宮は元、秦の宮殿。鳳凰管は笙の一種のことです。唐の公乗徳「送友人歸大梁賦」の一節。青墨で草書体、紅花墨で隷書体を重ね書きしています。
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